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 障害者家族としての自分という存在は…

 わたしには9歳年上の重度心身障害者の姉がいます。姉の『障害者手帳』には「1級・脳性麻痺による四肢体幹障害重度」と記されています。1999年11月15日、拙書『わたしが見た医良改革』を発刊し、わたしは姉のことに触れました。

 このなかで記したことに準じながら、少し書きたいと思います。本来であれば冒頭から順番に、というのが常道ですが、ここでは“おわりに”に書いた文章から紹介させていただこうと思います。

 物心がついた頃から、姉の存在は、常にわたしに多くの間題を語りかけてくれていました。障害ということ、介護する家族の心情、差別される辛さ、人間の本心、そのような様々な交錯する人間の心の濁流に飲まれながら、わたしの人格は形成されてきたのだと思います。

 姉の存在がなければ、浅薄な平凡な人生を送っただろうと思うときがあります。わたしが人間を考えるとき、その基本には、障害者として過ごした姉があり、喝采のない家の中で、姉を介護する母の後ろ姿がありました。

 人を愛するとか、慈悲の精神でなどと、心地よい言葉を吐くことはた易いことであると思います。しかし、そんな心地よい言葉だけでは何も変わりません。大衆の前で説教を行い一身に尊敬を集める人よりも、汗まみれ・汚物まみれになって働く無名の一人が尊い、わたしの眼には、そう映ります。たぶん、それは障害者家族としての実感なのです。

 この実感を忘れずに、マスメディアが見落としているあるべき福祉の姿を発見し、必要とする皆さんに招介するために、これからも『わたしが見た医良改革』を、書き続けていこうと思っています。

 なぜならば、それは、わたしの家族が必要としたものであり、そして、今後、多くの家族が必要とするものであると思うからです。

 実はこの短い一節のなかに、わたしの人生観、宗教観、人を見る目、団体組織への判断識、そして、差別撤廃への願いのすべてが込められています。

 1998年に開設したわたしのサイト“心のリハビリしてますか”では主にカルト脱会後の、メンバーの心の問題にスポットを挙げてきました。しかし、その当初から、いつしか差別という視点から宗教問題と障害者問題を統合して考えていく機会をもちたいと考えてきました。

『わたしが見た医良改革』…、医を良くする改革と勝手な造語をもって結んだこの一書は、底意に、実は医療ではなく、わたしの宗教経験の結論をはらましたものでもありました。「大衆の前で説教を行い一身に尊敬を集める人よりも、汗まみれ・汚物まみれになって働く無名の一人が尊い」とは、わたしの宗教への結論です。

 たしかに宗教世界で積む修行というのは大変なものでしょう。一般の人には成就できないものかも知れません。音吐朗々と挙げる読経、美しい歌声、何時間にも及ぶ唱え事、難解な教義の記憶と理解も常人のよくなすことではないかも知れません。まして、満堂の大衆の前で人々に涙を流させる説教をなすことも、誰しもできることではないでしょう。神秘体験、超常能力の獲得、それが事実であれば大したことです。

 しかし、そんなことより何より、障害福祉の現場で、ときに血まみれになり、日々汚物にまみれ、全身の汗を拭う間もなく人のために尽くす無名の一人、誰も喝采も送らず、豪奢な衣を着るわけでもなく、人々から憧憬されるわけでもない、そんな一人、わたしは、そのような人にこそ、手を合わさずにいられません。

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