破壊的カルトの引き起こすさまざまな社会問題の中心は、「マインド・コントロール」にあると言える。マインド・コントロールとは、一言でいうならば、本人の認識や承諾のないところで他者が意志を操ってしまうことだ。つまりそれによって、テロや収奪、家族破壊といった社会的軋轢を引き起こしている当該の行為が、自己利益のためではなく社会にとって「真の善」であると正当性を認知してしまうところにある。

 この言葉は、ここ4、5年の間に一般にすっかり知られるようになったが、その言葉の文字どおりの意味が幅広く、マス・メディアや識者が歴史的経緯などを知ることなく用いたせいもあって、かなりあいまいなものとなってしまった。

 マインド・コントロールという言葉の原点は、1930年頃から国家的に開発研究されてきたとされる「洗脳」にある。その技術は、個人の思想や行動を拷問、電気ショックや薬物投与などといった強制的な手法で操作することを意味した。そして洗脳という言葉は、1970年代アメリカを中心として、台頭してきた破壊的カルトがメンバー獲得・維持の心理的手法として用いていると非難を浴びて社会にリバイバルした。

 特に、1978年、900名以上の信者の集団自殺と殺害事件を起こした人民寺院は、破壊的カルトと洗脳の危険性を世に知らしめることになった。しかしアメリカでは1980年代に入って破壊的カルトの洗脳論は、宗教や思想活動の自由を脅かす非科学的な論として否定するという立場からの攻撃を受けるようになった。

 洗脳肯定派は、リフトン(1961)の研究に理論的根拠をおき、破壊的カルトの活動はそれに一致すると主張した。しかし一方、否定派の根拠は、そのリフトンの研究では、洗脳された人々は捕虜であり強制的に連行され拘禁されたが、カルトのメンバーは強制されていないと主張した。また、洗脳が行動上の服従をもたらすことに成功しても、思想や感情や意志といった内面的な操作に成功しないという結論を取り上げたのであった。

 こうした論争の中で、マインド・コントロールは洗脳の代わりに登場した。そして理論的根拠もリフトンの捕虜研究だけではなく、人間の内面的な意思決定過程について他者が操作可能であることを示唆する理論を提供する科学的分野に注目するようになった。それが、社会心理学の研究である。社会心理学は、人間の思考や感情や行動を、自然や社会環境のありよう、すなわち個人が知覚する状況を重視して人間心理を理解しようとする科学である。破壊的カルトが信者獲得に用いる心理操作は、まさにその応用によってなされているといえよう。彼らは、状況に作用する拘束力を利用して、勧誘の場から立ち去りにくくし、不安や恐怖心を扇動する。そしてこころの安寧を導く解決策と、大仕掛けな社会環境設定によって現実感を演出する。あとは他者の真似して行動させることで内面を築きあげるのである。

 このようにマインド・コントロールのすべては、社会心理学の諸理論で説明できる。アメリカやヨーロッパでもこの認識に立つ研究がおこなわれるようになっている。しかし当の破壊的カルトでは、マインド・コントロールの理論は虚構だといまだに主張しているところがある。あるいは論を認めながら、自分の所属している組織は当てはまらないという認識にあるところもある。いずれの場合も、社会心理学の理解を深めて、もう一度自戒してもらいたいものである。

参考文献
西田公昭 1995年『マインド・コントロールとは何か』紀伊国屋書店
西田公昭 1998年『「信じるこころ」の科学:マインド・コントロールとビリーフ・システムの社会心理学』サイエンス社

西田公昭博士のHP


HP