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 前世の行いで障害者になる?

 1999年2月のことですが、イングランドのサッカーの代表監督、グレン・ホドル氏が解任される事件が起きました。日本ではあまり取り上げられませんでしたが、わたしはこの解任劇を非常に興味深く、そして、感慨深く受け取ったものです。

 そもそもホドル氏が解任に追い込まれることになったのは、イギリスの新間で「身障者となることは前世のカルマと関係している」と発言をしたことによります。

 いうまでもなく、これはまったく人権を侵害したあるべからざる発言です。英国首相も「辞任すべきだ」というコメントを発表する大問題に発展しました。

 解任後、ホドル氏は、

「私は重大な誤りを犯した。多くの人に誤解と苦悩をもたらした。私にはそういう意図はなかったがおわびしたい」

という声明を発表し、いちおうのビリオドは打たれました。

 それにしても、21世紀になろうとする現在、前世のカルマ−行い−が悪かったから、障害者になるとは、それこそ、神仏もおそれぬ暴言であるといわざるを得ません。

 結局、ホドル氏は、健康な自分の体の状態を基準に、「障害者となることは前世のカルマだ」とうそぶいて、世間の顰蹙を買い、名誉ある地位と、それまでの輝かしい栄光を失いました。

 差別なく皆が共に生きる社会。それが21世紀という時代であってほしいと、わたしは念願しています。

 ホドル氏は『英紙タイムズ』(1999年1月30日付)に掲載されたインタビューで「わたしもあなたも2本の手足と正常な頭脳を持って生まれた。しかし世の中にはそうでない人もおり、これは別の人生の業(ごう)を背負った因果応報だ」などと語ったと伝えられます。

 この発言の裏にはホドル氏の宗教信条があったと言います。「業」とは、つまり、カルマの漢訳であり、現代語に直訳すれば、「行い」「行為」ほどの意味になります。わたし自身、このような業思想、因果応報論に永らく支配されてきたものでした。また、宗教という現場で同様の出来事を無数に見聞してきました。宗教が差別の装置の一部となるとき、計り知れない恐怖の力を発揮します。

 また、このような宗教信条が支配構造のなかに巧みに取り入れられるとき、人々は恐怖によって支配下におかれることになります。ホドル氏の事件では、彼は完全な加害者でした。しかし、このような発言をせざるを得ない強迫観念にとらわれた彼自身もまた、悲しい犠牲者なのかも知れません。

 少なくても日本社会における宗教世界では、業観念による差別構造は終焉を迎えておらず、依然として、ホドル氏のごとき、差別が繰り返されている点は看過できません。

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